コツ、コツ――。 靴音を響かせて廊下をゆっくりと進むのはスーツを着た初老の男。男の左目は白く濁っており、瞳は動いているのにその目に光は無い。その左目の周囲には火傷の痕が残り、男の笑みをよりいっそう不気味に仕立て上げていた。 男の名は、的場大介。 NPO団体「ブルーシップ」の代表である。的場は一枚の、何の変哲も無い扉の前で立ち止まると、気を引き締めるように両肩を震わせ、表情を引き締めると、扉を開いた。 中には既に全員が揃っていた。下位の中から選ばれた、理想に賛同し、技術を持ち合わせた三人、三沢初音、小西朝夫、吉沢保に加え、ブルーシップの会長である、白髪の老人加賀美博士、そして――九條希美子。加賀美博士の著書、「絶滅危惧種(レッドアニマル)・人間」に記された思想に賛同する者たちがここに集まっていた。彼らに召集をかけたのは、初対面の時にはおとなしげな印象を受けたはずの九條希美子だった。 的場はゆっくりとした足取りで席に着くと、一同を順に眺め、最後に九條に視線を向けた。 「全員揃ったようですね」 九條がそう声をかけ、的場と同じように全員の顔を順に見回す。 「それでは、早速本題に移らせて頂きます」 九條はそう声をかけると立ち上がり、壁際のホワイトボードに向かい、ゆっくりと文字を刻んだ。その文字を目にして、その場にいた全員が一様に驚愕に目を見開いた。ホワイトボードに九條の子供のような丸い字で刻まれた文字は―― ――人類削減計画―― 「人…類…削減…!?」 加賀美がそう呟く。 「そうです」 九條はその呟きにはっきりと答え、さらに言葉を続けた。 「何故、我々ブルーシップのような団体が創設されなければならないのか?その意味を問い詰めていけば、環境を破壊し、戦争を止めない人類が、増えすぎてしまった事が元凶であるという結論に行き着きます」 九條はゆっくりと、力強く、自身の心境を言葉に変えて紡ぎだす。 「無意味な、有害な行動を取り続ける増えすぎた人類から地球環境を守るためには、もう人類を減らすしか無いんです」 演説を続ける九條を、的場は光の無い左目と感情の無い右目で見つめていた。そして、何の前触れも無くスッと手を上げた。 「…?的場代表、どうぞ」 的場は立ち上がり、九條に問いかける。 「その意見に、そしてこの、人類削減計画には私も同調する」 九條に視線をむけたまま、的場は間を溜めて続ける。 「しかし、仮に実行するとして、どうやって?」 その至極当然の問いに、問うた的場だけでなく、加賀美たちも真剣な瞳を向ける。 「ウィルスです」 はっきりとそう言った九條に、的場は目だけで説明を求める。 「新たに配合を行い、新種のウィルスを生み出して散布するのです。ウィルスはそう…例えばインフルエンザとエボラのような感染力と致死力が極めて高い二種を配合し、広めれば自然と人類は減少していく」 「だ、だけど、それじゃ…」 眼鏡の奥の気弱そうな目を九條に向けていた小西が思わず声を漏らす。 「そう、それだけでは散布されたウィルスに我々や、生き残るべき人材が感染する可能性も高くなります。ですから…」 「抗ウィルス薬か…」 的場が答えを口にする。九條は頷くと加賀美を見据えて、言った。 「この計画を、ブルーシップ総動員で行いたいのです」 「……分かった、九條くん。私ももう我慢できない。この計画を、実行に移すとしよう」 「で、どーやって?」 場違いな明るい声で、しかし手元の短剣を弄びながら初音が口を開く。 「我々の中には、ウィルスの合成と抗ウィルス薬を精製できる人間なんて居ないでしょう?」 吉沢も疑問を口にする。 「…二階堂公彦という名に、聞き覚えはありますか?」 九條はゆっくりと、その名を口にした。 的場は自分の事務室に入ると、皮肉めいた、嫌味な笑みを浮かべた。いいことを思いついた、とでも言いたげなその不敵な笑みを浮かべたまま、的場は備え付けの電話から受話器を手に取り、番号を押していく。 電話に出た相手に、的場はこう言った。 「新たな兵器を開発することになりました。一億で買いませんか?」 的場は口の端を吊り上げて、もう一度不敵に笑った。