名探偵の平和で騒がしい日 「Lが?ここに?」 「………!…」 「ああ、Lがこの院の優等生、つまりは2代目L候補を知っておきたいと言ってきてな。今日ここを訪れるそうだ」  部屋には一人の老人と二人の少年。後に同じ構図で、彼らはあることを知ることになるのだが、今はそんな話をしている時じゃない。 コンコンと、扉を叩く音がした。 「どうぞ」  ロジャーが言うと、扉を開けて一人の男が入ってきた。 「どうも、久し振りですね、ロジャー」 「ああ、L。会えて嬉しいよ」 「私もです」  ロジャーと握手を交わす男は、天然の黒髪に無地のTシャツ、洗いざらしのジーンズ、ひどい猫背でギョロリとしたパンダ目の若い男だった。 「彼らですか?」 「そうだL。この院のトップニアと、ニアに一番近いところにいるメロだ」 「ニア…メロ…初めまして。Lです」  そう言った後、Lはジーンズのポケットから一枚の板チョコを取り出した。包み紙を破り、つまみあげるように持って食べ始めた。と、ここでメロが気付いた。 「あ!!それ僕のチョコレート!!」 「?…ああ、そういえばこれは、ここの冷蔵庫からいただいた物でしたね。あなたのものだったんですか?」 「そうだよ!何勝手に食べてんだよ!」 「メロ…みっともないですよ」 「うるさいぞニア!何と言われようと、板チョコは譲れない!」 「…はぁ…」  ニアが溜め息をつく。 「それじゃぁ、メロ。一つ私とゲームをしましょう」 「ゲーム?」 「ええ。ゲームです。ルールは簡単、私が今からもう一枚板チョコを隠します。一時間以内にあなたがそれを見つけられればあなたの勝ち、できなければ私の勝ちです。あなたが勝ったら…そうですね…世界最高級の板チョコを一箱、でどうでしょう?」 「その勝負、乗った!」 「ニア、あなたもどうですか?あなたが勝てば、超高難度のジグソーパズルと、機械仕掛けのオモチャをプレゼントしましょう」 「…負けませんよ、L」 「決まりですね」  そう言うと、Lは立ち上がり、トランシーバーのような物を取り出して、それに向かってこう言った。 「ワタリ、隠してください」 『了解しました』  通信機から返答があり、通信はすぐに切れた。 「スタートです」 「よっし!行くぞ」  メロが勢いよく部屋を飛び出していった後、ニアはゆっくりと立ち上がり、無言のまま、部屋を出て行った。 「ロジャー、ナンバー3を呼んでください」 「わかった。…マット、来てくれ」  すぐに部屋の戸が開いた。 「俺を呼ぶなんて珍しいね。何の用だい?ロジャー」  戸を開けて入ってきたのは、メロと同じくらいの背格好の少年だった。 「…あんたは?」 「ああ、マット。彼は…」 「Lです」  ロジャーの言葉をLが遮った。 「…は?」 「Lです」  マットと呼ばれた少年は、目を丸くして固まった。 「Lって…ロジャー、あの…名探偵L?」 「ああ、その通りだマット」 「なんで、Lが…ここに?」 「それは、今はどうでもいいことです」  そしてLは、マットに近付くと彼に一枚の板チョコを手渡した。 「これが、何?」 「これを持って、どこかに隠れていてください」 「隠れ…え?何で?」 「ニアとメロがその板チョコを探しています。見つからないと思うところに隠れてください。ただし、逃げたりはせず、見つかったらすぐにここに来てください」 「わ、わかった」  そう言うと、マットも部屋を出て行った。 「では、ロジャー」 「ああ、L。モニタールームへ」 「しっかしなぁ…隠れろったってどこに…だいたいニアとメロはこの院のトップ、俺に勝ち目なんて無いんじゃないのか?」 そこでマットは一つひらめいた。 「ああ、あそこがいい」 「リンダ!」 部屋に飛び込むなりメロは声を張り上げた。 「な、何?メロ」 メロの迫力に押されながらもリンダが答える。 「僕の板チョコ知らない?一枚どこかに隠されちゃったんだ」 「し、知らないよ」 「あーもう!Lの奴どこに隠したんだよ」 「あ、あのさ…参考になるか分からないけど、さっきマットが何か周りを気にしながら上の階に上っていくところを見たよ」 「それだっ!」 一声叫ぶとメロは脱兎のごとく駆け出し、階段手前で「サンキュ、リンダ!」と叫んで上の階に向かった。 「ロジャー」 「どうした、ニア?」 隣のモニタールームから出てきたロジャーにニアが声をかける。 「この建物の…見取り図ありますか?設計図でも何でもいいんですが、建物全体を見ることのできるもの、ありますか?」 「ああ。…これだ。好きに使うといい。ただし、なくさないでくれよ」 「ええ」 そう言うと、ニアはすぐに見取り図に目を落とし、動かなくなった。集中するときのニアの癖を知っているロジャーはニアが静止しても何を思った様子もなく、モニタールームに戻っていった。 「…ここですね」 ニアは静かに呟くと、見取り図を床に広げたまま部屋を出て行った。 「マット!!」 「あ…メロ」 「遅かったですね」 メロが開けた扉の先にはニアとマットがいた。 「…やっぱり、僕は2番か…」 「メロ…」 「いいんだ、マット」 何か言いかけたマットをメロが制する。 「それより…ここに、居たんだな」 「…ああ」 「…ええ」 そこには、大きな冷蔵庫が1つ、大きな段ボール箱が2つ。 中身が何なのかも、分かっていた。 冷蔵庫には、板チョコ。 二つの段ボールには、オモチャとモデルガン。 そこは、3人だけが知る、ワイミーズハウスの隠し部屋だった。 「…お見事です。2人とも時間内に発見しましたね」 「…1位はニアだ」 「私は順位を付けると言った覚えはありませんよ?」 「…1位はニアだ」 「メロ?聞こえて「メロ!!!」 Lの声を無視して、ニアが突然声を張り上げた。普段のニアからは想像もつかないその大声に、その場にいた全員がぴたりと固まってしまった。 「ニア…?」 最初に立ち直ったメロが口を開いた。 「メロ…あなたはいつからそんな情けない人間になったのですか?」 「ニア…だけど「言い訳はたくさんです」 ニアの有無を言わせぬ迫力に押し黙るメロ。 「私のライバルでいるならもう少し威厳のある人間になってください!」 「ニア…」 その時、Lがふっと背を向けて、扉に向き直った。ゆっくりと戸を開け、部屋を出て行ったL。皆、彼を止めようとはしなかった。その背中はまるで姿の見えない殺人鬼に、挑もうとする勇気の固まりのようだったから。 ニア『Nate=River』 メロ『Mihael=Keehl』 マット『Mail=Jeevas』 そしてL……『L=Lawliet』 後日、ワイミーズハウスにメロ、ニア、マット宛の荷物が届いた。中には板チョコが一箱分、モデルガンの類で高価なものが一式、機械仕掛けのロボット、そして、「L」という文字が左上に刻まれただけの真っ白なジグソーパズルが入っていた。