再三、本日は晴天なり。 あの幸せ潰しから一週間。 相変わらず毎日をぼんやりと過ごしていた柔沢ジュウは今日、日曜日という名前の休日に何故か喫茶店にいた。 別段何の予定もなく、家でぼんやりと過ごすはずが、今朝になって突然雪姫から電話があった。 何だかさっぱり分からないがとにかくここに来いとそればかりを繰り返す雪姫の誘いを当然のごとく断ろうとしたのだが。 「行かねぇよ」 「来てよ」 「行かねぇって」 「来ないと柔沢くんが痴漢しましたって通報するよ」 「…………」 というただそれだけの電話でジュウは諦めた。せめてもの救いは雨の奴も一緒だということか。 雪姫と二人きりじゃ何をされるか分かったものじゃないが、雨や円が一緒ならそれなりに身の安全は保障されるだろう。 行くと言ってしまった以上、ジュウの中に約束を反故にするなどという選択肢は存在しない。呆れ半分興味半分といった様子で、ジュウは指定された喫茶店に足を運んだのだが。 「お帰りなさいませ、ご主人様♪」 店に入って真っ先にこれである。その瞬間、ジュウは雪姫の誘いに乗ったことを後悔した。 その店はもう、何と言うか完璧なまでにメイド喫茶だった。 その手の話題には疎いジュウだったが、テレビや何かであれほど騒がれていれば知らないということもない。詳しくは分からないが、何かとりあえずそういう店らしいということは悟った。 「何だよ、こりゃ……」 思わずそう呟きながら、どうしたものかと店内を見回すと、入り口脇のボックス席に、見覚えのある三人組を見つけた。 言わずもがな、ジュウをこんな場所に呼び出した張本人、雪姫たちである。 「あ、柔沢くん。遅いよ、もうみんな揃ってるんだから」 その根源と思しき少女は、いつものように長い髪を白いリボンで結び、とびきりの笑顔でジュウを見返していた。 「時間には間に合ってるだろ。というかだな雪姫。コレはどういうことなんだ?」 「どうって、何が?」 「何だって俺がこんな店に呼び出されなきゃならないんだよ」 ジュウが食って掛かると雪姫はまぁまぁと笑いながら詰問を避ける。 「ジュウ様、ひとまずお掛けください」 唐突に冷静な声にそう言われて、ジュウはとりあえず黙る。 声の主、堕花雨を振り返ると、彼女は自分の隣に座るようにと身振りだけでジュウに示していた。 彼女もまたいつも通り。いつものようにうっとおしい前髪に見慣れた制服姿だ。 仕方なくジュウが腰掛けると、必然的に向かい合うことになる雪姫はにやにやとジュウたちを見つめていた。 「……何だよ」 「んーん、何でもないよ。それで柔沢くん、君を今日ここに呼んだ理由だけどさ」 雪姫はそう言って、びしっとジュウに指を突きつける。 「今日一日、柔沢くんにはあたしたちの彼氏になってもらうことにしたの」 「…………は?」 雪姫の爆弾発言に対してジュウが返せたのはその一言だけだった。 言葉の意味をまるで飲み込めないジュウが助けを求めてもう一人の少女、円堂円に視線をやると、彼女は相変わらず不機嫌そうに、 「私は違うわよ」 それだけ言うともう言うことは無いとばかりに窓の外の通行人を眺め始めた。 「どういうことだよ?」 円に説明する気が無いことが分かると、ジュウは渋々雪姫に視線を戻した。 「そういうこと」 まるで理解できない。 ジュウが隣に座る冷静沈着な自称『ジュウの僕(しもべ)』なる少女に目をやると、彼女も説明する気は無い、というか出来ないらしく、少しだけ恥ずかしげに頬を染めて俯くばかりだった。 「それじゃ、柔沢くん。行こっか」 「行くってどこに?」 「決まってるでしょ。最初はあたしと、デートだよ」 それだけ言って雪姫はジュウの手をがっちりと掴むと引きずるように店を出て行く。 「ちょ、待て待て待て、何がどうなって……」 「いいから付き合ってよ。ほら早く」 結局諦めて雪姫について店の出口に向かう。振り返ると、雨と円はなにやら漫画らしき本を取り出して二人で意見交換の真っ最中だった。 「おい雪姫、雨たちはいいのか?」 「何言ってんの。デートは普通一対一、でしょ」 そう言って雪姫は店を飛び出す。 店員らしきメイドさんの「行ってらっしゃいませ、ご主人様」という言葉が、妙に耳に残っていた。