空虚で無価値、それでいて有意義。 「―――…―――」 無言、というものにも種類があることを、コイツと出会って初めて知った。 で、その「コイツ」はといえば。 「―――今―――」 「ん?」 「―――外を―――蝶が―――」 「…そうか…」 「―――――――――…」 意味不明というより、意味不存とでもいうべきか、意味などはじめから存在していないような、どうでもいい呟きだった。 今は放課後。そして部活になど入っていない俺が教室に残っているのはなぜなんだろう。それはつまり、帰りがけにコイツ…周防九曜に捕まってしまったからで。 窓の外はオレンジ色になっている。いつもならとっくに家に帰っている時間だ。 「なぁ周防、俺そろそろ帰っていいか?というか、何で俺を引き留めたんだ?」 「――――――」 俺が声をかけると、周防は書いていた学級日誌から十秒くらいかけて顔を上げ、さらに五秒くらいかかってゆっくりと俺に目を向けた。机の両側に向かい合って座るこの距離で、俺の声に反応して向き直るのに十五秒もかかるものだろうか。 「――――て――」 「て?」 「――――――手紙―――」 「手紙?」 「―――そう―――」 そう言うと周防は二十秒くらいかけて両手を机の中に引っ込め、また二十秒くらいかけて、その手は机の上に戻ってきた。 その手に握られていたのはなにやら小さな紙切れ。 ス―――と周防が俺にそれを差し出す。反射的に受け取ってしまったが…どうしよう。 俺が途方に暮れて周防を見ると、彼女は学級日誌の最後の欄を書き終えたところだった。周防は書き終えた学級日誌をパタンと閉じると、俺に差し出してきた。 「――――――よろしく――――――」 そう言って、周防は教室を出て行った。呆気にとられること数秒。 ようやく復活した俺は、周防が俺に渡した「手紙」とやらに目を落とす。 そこには…        「くよう」と呼んで ただそれだけの短い文章が書かれていた。 呆気にとられること数秒(本日二回目)。再び復活した俺は、周防……九曜が押しつけた学級日誌を開いてみた。パラパラとページをめくり、今日のページで止める。   感想欄     渡せた。     明日から呼んでくれるか楽しみ。                 周防九曜 感想の欄に書くべき事ではない。 …なんて思うことはなかった。 結論。 可愛いなぁ、アイツ。 明日会ったら、真っ先に言ってやろう。 「おはよう、九曜」ってな。 ニヤニヤ笑いを押しとどめるのは、どうやら無理そうだ。