ひぐらしのなく頃に〜初返し編〜    それは一度しかないはずだった   どうして二度目があったのだろうか     一度だけなら耐え抜けた    どうして二度目があるのだろう チャンスこそが、私への祟りだったのだろうか ―――――――――――――――――――――――              Frederica Bernkastel あの時、ボクは確かに死んだ。 ダム計画に始まり、建設大臣への誘拐脅迫事件に赤坂がやって来た。翌年にはダム工事現場の監督、次の年には沙都子の両親。翌年にはボクの両親、更に翌年が沙都子の叔母と悟史。そしてその翌年。昭和58年6月の綿流しの後、富竹と鷹野が殺され、神社の境内で…ボクが殺されたのだった。 なのに―――― 「……ん…?」 まだ意識がある事に違和感を感じる。どうして、意識があるんだろう…?意識を失ってはいたが、あの時何があったのかは知っている。当然だろう。あれほどの激痛を、クスリなんかで誤摩化せる訳が無い。 腹を引き裂かれ、内蔵を引きずり出される鮮烈な感覚など忘れられる訳が無い。あの感覚が蘇り、吐き気をもよおしそうだ。 「…ここは、どこなのですか…?」 目を開けてみればそこは見慣れた古手神社の境内。だけど、何だか…周囲が大きく見える。それは極端なものでは無く、これをどこかで経験したような気がする…。どこかでというよりは、昔、というべきか…。 「この感覚を…ボクは、どこかで…?」 しかも自分の身体が一回り小さくなったかのように、自分の手は小さく、服装は制服ではなく、昔着ていた懐かしい服になっている。 「おや…梨花ちゃんかい?」 声のした方を振り返ると、富竹がこちらを向いて立っていた。 「富竹…?」 「おや、覚えていてくれたのかい。そいつは光栄だなぁ、あっははは」 そう言って富竹は愉快そうに笑う。何を言っているんだろう…。富竹と会うのはもう何度目かもわからないのに。まるで会ったばかりのような対応だ。 「いやぁ、古手神社の巫女さんに覚えてもらっているのは、雛見沢をカメラに収めて回る僕には嬉しいよ」 「富竹…鷹野は一緒じゃないのですか…?」 「え、タカノ…?タカノってなんだい?イヌかネコかな…あっははは、変わった名前のペットだね」 鷹野を知らない…?それによく見ればボクの知っている富竹より、いくらか年若いように感じる。 「そう言えば、昨日村の人に聞いたんだけど、昨日御三家総出で園崎さんの親族会議があったんだって?親族会議なのに村長の公由さんや梨花ちゃんのご両親も参加してるなんて、不思議な村の風習だね。あはは」 園崎家の親族会議…?ボクの両親は…もう、死んでいるはずなのに…親族会議に参加した…? 富竹は笑いながら写真撮影に戻っていった。 ボクの身体が一回り小さい。 富竹とボクは会ったばかり。 鷹野の事も知らないほど、富竹が雛見沢に滞在した期間は短い。 ボクの両親が生きている。 前日に園崎の親族会議があった。 周りを見回せば「雛見沢ダム計画撤回せよ!!」なんて張り紙が多数。 思い出せ…こんな事が以前にもあった…? 富竹が初めてやって来たのは…? 答えは簡単に出た。 ―――昭和53年6月の雛見沢だ。 「…ま、まさか…!!」 バス停に着くと、1人の男が立ち尽くしていた。その風貌は…間違いない。何年も前の事でもよく覚えている。間違いなく彼―――赤坂衛だ。 「あ、赤坂!!」 「…え、あれ…?」 ボクが駆け寄ると、赤坂は驚いた顔でこちらを見やる。 「キミは…?どうして、僕の名前を…?」 「…赤坂…覚えていないのですか?」 赤坂は心底不思議そうな顔で首を傾げる。本当に、知らない…?おかしいといえばおかしい。服装があの時とまったく同じだ。 「赤坂っ!!ど、どうしてここにいるのですか!?東京に帰ったんじゃないのですか!?」 「と、東京…?な、何の事かな。あは、あはは…」 「急いで帰るのです!!奥さんが大変な事になるのです!!早く東京に帰るのです!!」 赤坂は明らかに狼狽している。何の事かわからない、そんな表情だ。 戸惑った様子の赤坂は、牧野に連れられて去っていった。 だんだんと状況を理解してくる。だけど、飲み込めない。 ほとんど全てのカケラは揃っている。富竹が若い事、赤坂がいる事、両親が生きている事、つじつまは全て合う。 ただ1つ、はまらないカケラ。捜さなくてはならないカケラは―――時間だった。 全ては過去の事。富竹が初めて雛見沢にやって来る。赤坂が何をしに来たのかも分からないまま東京に帰る。そして赤坂の奥さんが事故で死ぬ。ダム計画が撤回される。そのはずなのだ。だけどそれはもう終わった事で、ボクも死んでいるはず…。なのにどうして、昭和58年の雛見沢で死んだはずのボクが、昭和53年6月の雛見沢に…い、る…? 『…あぅあぅあぅ…』 何か聞こえた…?どこからか声が…? 『あぅあぅあぅ…は、初めましてなのです…』 「誰ッ!!!!!」 『あ、あぅ…ボクは羽入と言いますです』 それはすぅっと現れ、涙目で名乗る。半透明の身体に気弱そうな、そわそわした立ち回り。明るい藤色の髪は長く、その頭には角が生えている。 「羽入…?何者なのよ、あんたは…」 『あぅあぅあぅ…』 羽入と名乗るそれはあぅあぅ言うばかりでろくに返事もしなかった。だけど…ボクはきっと、目の前の現実を受け止めなくてはいけないんだ。 「な、何で…?」 私はがっくりと膝をつく。羽入はあぅあぅ言って。 それが、本当の惨劇の始まりであった。