ぐわん!!!!!! その音に教室中が振り返る…より早く、俺は叫んでいた。 「くぉらぁ!!沙都子ぉ!!」 「あぁ〜ら圭一さん、朝から騒がしいですわよ?」 俺の頭に朝市で盥を落とした犯人、沙都子がニヤニヤ笑いで俺を見返す。 「誰のせいだと思ってる!!」 俺がいくら喚いても沙都子は聞きやしない。こうなったら実力行使だ… 「沙〜都〜子〜…」 両手ででこピンの用意をしてゆらゆらと沙都子に近づく。沙都子がごくりとつばを飲み、逃げ出す構えを取る。 「逃がさねぇ!!!」 「圭一さんのケダモノ〜!!!」 どったんばったんと教室中を飛び回る音が営林署兼雛見沢分校校舎の建物中に響き渡ったのは、必然。 (さて、そろそろ止めるか) 私は沙都子を追い回す圭ちゃんの方へ踏み出し、手近な雑巾を手にとるとブルンブルン振り回し、圭ちゃんの横っ面めがけて放り投げる。 ベチッという鈍い音と共に、圭ちゃんの顔に雑巾が張り付き、圭ちゃんがピタリと動かなくなる。 「し…詩…音…何のつもりだ…」 「そのくらいにしておけ、ってことです」 私はそう言って圭ちゃんに「付着」した雑巾を引き剥がす。思いのほか強く当たったらしい雑巾の痕が微妙に赤みを帯びている。 「毎朝の事なんですから、引っ掛かる圭ちゃんもどうかしてますよ」 「う、うるせーな!!毎朝って言ったってマジで毎朝じゃねぇんだよ!!一度仕掛けたら一週間後、次は二週間後、俺が一週間は平気だと思っていれば翌日に…忘れた頃に仕掛けてくるんだよ!!!」 「詩音さんの言うとおりですことよ?毎度毎度、圭一さんも抜けてますわぁ?」 ぐぬぬ、と唸った圭ちゃんが再び沙都子に飛び掛る、と思ったので。 ぐわん!!!!!! 本日二度目の盥打ちで、圭ちゃんはバッタリと倒れましたとさ♪ 「け、圭ちゃん!?」 詩音の不意打ちでどさっと倒れこんだ圭ちゃんに駆け寄る。 「…ねぇ詩音、やりすぎでしょ?圭ちゃん白目向いてるよ…」 「沙都子の身を脅かす者は、たとえ圭ちゃんでも許しませんから」 平然としているのは詩音だけで、レナも梨花ちゃんも沙都子も恐る恐ると言った感じで気絶した圭ちゃんの目を代わる代わる覗き込んだりしている。 「悟史に頼まれたからってわざわざ転校までしてきて、沙都子の面倒見てるのは凄いけど、さすがにこれは…」 「ねぇお姉、私は悟史くんに頼まれたことなら死ぬ気でやり遂げてみせるって、前に言ったじゃん」 真顔の詩音。本当に、悟史のことになると急に真剣になる…。 「ほら、圭ちゃん起きて…」 詩音を止めるのはもう無理らしい。私は早々に諦めて圭ちゃんを起こす方に力を使う事にする。 「うぅ…魅…魅音…?」 「あ、起きた?」 「はうぅ〜?何だか魅ぃちゃんの顔が嬉しそうだよ、だよ?」 ついつい微笑んでしまっていたらしい。 「な、な…そんなワケ無いじゃん!!」 「魅音さん、顔が赤いですわよぉ〜?」 「うぅ…;」 魅ぃちゃんの赤い顔…かぁいいよぉ〜♪ 「詩ぃに殴られてかわいそかわいそです、にぱ〜☆」 圭一くんの頭を撫でる梨花ちゃん…かぁいいよぉ〜♪ はうぅ… 「レナさん、どうかしたのですか?」 沙都子ちゃんが不思議そうにこっちを見てる…かぁいいよぉ〜♪ 「うぅ…いてぇ……レナ…か、かぁいいモードに…」 はうぅ…焦る圭一くんかぁいいよぉ〜♪ 「…は、はうぅ…はぅはぅ……み、みみみ皆かぁいいよぉ〜…おおおお、お持ち帰りィ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」 うわぁああああああああああああ…(約一名:みぃいいいいいいいい…) そんな教室。 前原圭一、竜宮礼奈、北条沙都子、園崎魅音・詩音…それから、古手梨花、羽入。 そんな寒い朝。 窓の外をちらりちらりと白い粒が舞う。 そんな――――昭和58年、冬。 そこには鉈も、金属バットも、オートバイも、注射器も、銃も、火山性ガスも、惨劇も無くて。 あるのは見られないと思っていた雪と、七人に増えた仲間。 感じられないと思った寒さと、失うと思っていた笑顔。 そんな日が――いつか来る――と――… 「…みぃ…?…夢…?」 カナカナカナカナ… ひぐらしの合唱が響き渡る、昭和58年、初夏。 目を覚ました古手梨花は、満月に祈る。 この惨劇の迷路を、悪魔の脚本を、打ち崩す時が来るのを。 「はにゅー…」 溜息のようにその名を呼んで、古手梨花は再び布団に潜り込んだ。親友の隣で、目を閉じた。 「みんなで雪を見るのですよ、にぱ〜☆」