ひぐらしのなく頃に〜前印し編〜 ――カエロウ―― 生徒が四人、校庭を駆けていく。 ――カエロウ、カエロウ―― 四人は体育館倉庫に近づく。 ――サァハヤク。カエロウヨ―― フェンスに寄りかかって、四人は笑いあう。三人の男子生徒と一人の女子生徒。 ――イマスグ、カエロウ―― ドスッ! 突然、鈍い音が響く。 ――ソウ、ソウダヨ―― ガシャン! ガラスを叩きわたる音が響き渡る。 ――ソウスレバカエレルヨ―― 苦痛の声と、金属バットが風を切る音が響き渡る。 ――サァ、カエロウ―― 少女は振り下ろす。何回も何回も何回も。 ――――ヒナミザワヘ… カナカナカナカナカナカナカナカナ… 気の早いひぐらしが鳴き始める、昭和57年4月の××県鹿骨市雛見沢村。 雛見沢分校職員室。 「…というわけだ。彼女が我が雛見沢分校に転入を希望している」 「ですが…大丈夫なんですか?生徒たちが心配です。傷害事件を起こした生徒だなんて…」 「大丈夫だろう。話を聞く限りでは雛見沢に戻りたくて事件を起こしたそうじゃないか。帰って来たばかりの故郷で暴れたりはしないだろうさ」 「ですがその根拠がオヤシロさまというところにも不安が…『雛見沢連続怪死事件』を思い出してしまって…」 「大丈夫ですよ。村の守り神様なんだから。とにかく知恵先生、お願いしますよ?」 「…はい」 「今日転校生が来るってホント?」 「聞いた聞いた!!」 「男?女?」 「女の子らしいよ?」 「ホントにぃ?」 「知恵先生が言ってたよ」 ガヤガヤガヤガヤ… 「…転校生ねぇ。悟史、どう思う?」 「どうって言われても、まだ当人を見てないからなぁ…」 「どんな子が来ても魅ぃなら仲良くなれるのです、にぱ〜☆」 「………」 ワイワイと騒がしい教室の一角に、生徒が四人。 長いポニーテールの活発そうな少女『園崎本家頭首跡継ぎ』園崎魅音。 どこか子猫っぽい黒髪の女の子『古手家頭首』古手梨花。 割と長身のどこか頼りなさげな少年『ダム誘致派夫妻の息子』北条悟史。 暗い顔をして俯きっぱなしの女の子『ダム誘致派夫妻の娘』北条沙都子。 村の仇敵である北条夫妻の長男・長女と村の中心に当たる御三家の、現頭首、次期頭首がのんびりと机を寄せ合うようになった経緯は割愛する。なぜなら今回の主役は彼女らではないからである。今回の主役たる転校生は、竜宮礼奈。 ガラリ… 扉の開く音に教室にいた全員が振り返る。 戸口から入って来たのは担任の知恵留美子と、知らない女子生徒。制服が用意できていないのか、私服と思しき格好だが、指定の制服など存在しない雛見沢分校では特に目立つわけではない。 俯き気味の少女の顔はどうもよく見えない。どこかミステリアスな雰囲気を漂わせる少女はオレンジ色の髪を静かに揺らして教卓の隣に立ち、担任教師からの指示を待つように静止する。 「それではホームルームを始めます。委員長」 「ほらほら、みんな座った座った。…おっけ。きりーつ!きぉつけー!…」 学級委員長の魅音が一声叫ぶと同時に教室にいた全員が着席する。その様子を微笑みながら見守る知恵がコホンと小さく咳をしてから口を開く。 「皆さんも知っているようですが、今日からこの雛見沢分校の仲間が一人増えます。転校生の竜宮礼奈さんです」 「先生…レナでお願いします…」 竜宮礼奈もとい竜宮レナが俯いたまま抑揚の無い声で訂正する。知恵はその言葉に不思議そうな顔をしたが、直接訂正はせず、代わりに黒板に『竜宮レナ』と書いた。生徒の気持ちを重んじる良い先生である。 「さて、竜宮レナさんは以前は茨城にいました―――…」 「レナ!…で、いいよね?」 「…?」 休み時間、私に最初に話しかけてきたのはポニーテールの女の子。さっきも見たけど、何だか、懐かしい…? 「…詩ぃ…ちゃん…?」 「…え?」 話しかけてきた女の子が困惑の表情を浮かべる。 「何で、あたしが詩音だと思うの…?」 「え…な、なんとなく…雰囲気が似てるからかな…かな?」 私の言葉を聞いた女の子の顔が急に明るくなる。 「礼奈!!思い出した!その言葉遣い懐かしいなぁ、何年ぶりだっけぇ?」 「やっぱり…詩ぃちゃん?…それとも魅ぃちゃん?」 「あたしは魅音だよ。園崎魅音。詩音はここにはいないけど、興宮で元気にしてるよ」 魅ぃちゃん…園崎…詩音…興宮… 何だか凄く懐かしい… 「魅音、知り合いなの?」 「みぃ、誰なのですか?紹介して欲しいのですよ」 魅ぃちゃんの後ろにいた男の子と女の子が私を興味深そうに覗き込んでいる。 「ああ、みんなは初めてだもんね。えっと礼奈…」 「魅ぃちゃん、レナだよ」 私がやんわり訂正すると魅ぃちゃんも知恵先生と同じく不思議そうに振り返る。 「…さっきも思ったけど、なんで『レナ』になったの?」 「……レナになったんじゃなくて、礼奈でいちゃいけないの。礼奈でいたら、思い出してしまうから。…レナはレナ。礼奈とは違うの」 「よくわかんないけど…何か事情があるんだね、レナ」 こういう話したくないことをしつこく追求しない性格が魅音の長所である。 「それじゃ改めて紹介するよ。この娘は竜宮レナ。昔、雛見沢に住んでた事があったんだよ。…って言っても十年くらい前の話だから、おじさんもあんまり覚えてないんだけどねぇ」 魅ぃちゃんが後ろの三人を紹介し終えると、今度は三人が順に自己紹介をし始めた。最初は黒髪の小さな女の子。 「ボクは古手梨花といいますです。よろしくおねがいしますなのです、にぱ〜☆」 「古手…御三家の…古手家の、えっと、現頭首…?」 私も少しは知っている。雛見沢村連続怪死事件、通称オヤシロさまの祟り。たしか去年の犠牲者が、古手神社の神主夫婦。 「そうです。ボクはオヤシロさまの巫女なのですよ、みぃ」 「そう、なんだ…」 梨花ちゃんからは全然そんな雰囲気を感じないけど…きっと苦労しているんだと思う。 「僕は北条悟史。そっちは妹の沙都子だよ。よろしく」 「北条…?」 その名前にも、聞き覚えがあった。そう、一昨年の祟りの犠牲者の名前が確か、ダム誘致派北条夫妻だったはず…。悟史くんのどこか疲れたような笑顔も、沙都子ちゃんの暗い顔も、それに関係しているのだろうか…。 「う〜ん…」 ふと声のした方を見ると、魅ぃちゃんが難しそうな顔で唸っていた。 「魅ぃちゃん、どうしたんだろ、だろ?」 「魅音?どうした?」 私と悟史くんに呼ばれてこっちを振り返った魅ぃちゃんが、一声。 「うん、決まり!!」 「「「「…?」」」」 私を含めて四人分の?を見つけた魅ぃちゃんが口を開いて。 「部活、つくろう!」 カナカナカナカナカナカナカナカナ… 「ほら沙都子、帰るよ…」 「………」 夕暮れに、砂利を踏む足音。 ジャリジャリジャリ…ぺた 「…?」 一瞬奇妙な音を聞いた気がして、悟史は後ろを振り返る。もちろん、自分の手を握っている沙都子以外に人影は無い。きのせいだと割り切って悟史は再び歩き出す。 ジャリ…ぺた…ジャリ…ぺた… まだ足音はずれていない。まだ彼との距離が遠い。それゆえに、気づかない。 オヤシロさまの祟りに―――― ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…ぺた…