ひぐらしのなく頃に〜祟尽し編〜 綿流しが終わった。 惨劇も、終わってくれると信じていた人々は、数多くいただろう。だが、そうはいかなかった。 惨劇は、今年も、五年目も起きたのだ。 今年も、犠牲者が二人。 祟りと――鬼隠し。 …なのかはわからない。だが、綿流しの夜に、二人の人間が消えた。 一人は北条鉄平。雛見沢分校に通う北条沙都子、昨年の失踪者北条悟史の叔父だ。 もう一人は、前原圭一。雛見沢分校に転校してきたばかりの少年で、前述の北条沙都子や園崎魅音、竜宮礼奈、古手梨花らのグループの人間だったが、綿流しの数日前から様子がおかしかったという証言があった。 「圭ちゃん…どこに行ったんだろう…」 昼休みの教室で、魅音はボソリと呟いた。 外では昨日までと変わらずひぐらしの声が聞こえてくるのに、雛見沢分校の教室は静けさに包まれていた。この学級の中心だった前原圭一が綿流しの晩に消えたことで、教室の面々は重苦しさを隠せない。 沙都子はもっと大変だった。 「………」 叔父の北条鉄平、消えた兄と面影を重ねた前原圭一の二人が一夜にして行方不明になるという事態に沙都子は酷く無気力だった。 「圭一くんからの最後の連絡は、あの電話だよね…よね」 レナが呟く。 沙都子がその言葉にピクリと肩を揺らす。前原圭一と北条悟史。沙都子が兄と慕った二人が口にした同じ言葉。 『沙都子を頼む』 電話した相手や状況は違っていても電話の最後に口にした言葉と、綿流しに行けない、という二つの言葉。 いくら強気でしっかりしていても、沙都子が幼い一人の少女であることに変わりは無い。彼女が一人で背負い込むには、辛すぎて、重すぎる苦しみだった。 「沙都子…」 梨花も沙都子にかける言葉を見つけられない。 ひぐらしは鳴き続ける―― 数日後、北条鉄平の撲殺死体が発見された。 「沙都子…その…えっと…」 「…いいんですのよ、魅音さん。この件に関しては、私が悪いのですわ…」 「そんなことないよ沙都子ちゃん…」 レナの励ましの言葉にも抑揚が無い。 ガラリと教室の扉が開く。入ってきたのは彼女たちの担任、知恵留美子。 「園崎さん、竜宮さん、北条さん、古手さん。お客さんが来てますよ。昇降口で待っています。早く行ってあげてください」 突然の来客に驚きつつも、四人は昇降口へ向かう。 昇降口で待っていたのは恰幅のいい年配の男。オヤシロさまの使い・大石蔵人だった。 「…どうも、皆さん」 「大石刑事…何の用ですか?」 大石も、代表して返事をした魅音の声も沈んでいる。 「単刀直入に聞きます。綿流しの前に、前原さんに何かあったのですか?」 「………」 いつになく真剣な大石の声に四人ともしばし閉口する。 「…何かあったというなら、私の方ですわ」 重苦しい空気の中、沙都子が重い口を開く。 ―――――。 「…なるほど…もしかすると、前原さんは…北条さんの叔父さんを…殺しに行った可能性も…」 「…圭ちゃんが…?…そんな…」 「嘘だよ…嘘だよね、大石さん…?」 レナは口ではそう言いつつも、それはあまりにも有り得ない仮定であり、希望的観測だと知っているようだった。 「そして恐らくはその途中か、あるいはその後に……前原さんは鬼隠しに遭われた…」 魅音とレナの頬を涙が流れ落ちる。 「私のせいですわ…私が叔父様の話を持ち込んだから、耐えられなかったから…圭一さんも、にーにーも、消えてしまったんですわ…」 「沙都子…」 「……北条さん、雛身沢の数あるおとぎ話にこんなものがあるんですよ…」 大石はそう言って語りだした。 それは、昔語りというより、古人の詩のようなものだった。 鬼を継ぐものをその手にかけた愚かなよそ者よ そなたはその手にかけた鬼に代わり、新たな鬼となる 変わり果てた鬼ヶ淵の地にて飢えた鬼となれ 鬼の使命を成せ その手で犯した罪を償う鬼の働きを成さねば 正しき鬼ヶ淵に帰り着くことは叶わぬ 「この詩にまつわる昔話にあるんですよ、綿流しの晩に鬼隠しにあった人間の行き着く先が」 鬼の狩りを孤軍にて成す者 綿流しの晩にその身を新たなる鬼ヶ淵に移すことと取り決める 新たな鬼ヶ淵にて 親しき者、離れし者、畏怖すべき者による裏切りを受ける オヤシロの御心のままに 裏切りを葬り 全てを切り捨てた鬼となり 新たな鬼ヶ淵にて同罪を犯し 再び更なる鬼ヶ淵の深みに沈み込み 償うことの叶わぬ罪を再び呼び起こすであろう 「…わかります?この詩の意味」 大石が問いかける。たっぷりの間をおいても返答がないのを確認して説明する。 「…つまりですね、綿流しの晩に雛見沢出身の人間を殺すと、こことは違う、もう一つの雛見沢に引き込まれ、同じ罪を繰り返す…という事です」 「…圭一さんも、にーにーも、たとえ一度は罪を犯してしまったとしても、同じことは繰り返さないはずですわ…。必ず罪を償って、帰って来てくれますわ……!!」 沙都子の言葉に今まで口を開かなかった梨花が反応する。 「ボクもオヤシロさまにお願いするのですよ、圭一と悟史を許してください、って」 レナと魅音も力強く頷く。 「そうだね。いつまでも泣いてたって、圭ちゃんたちは帰ってこない」 「…レナも待ってるよ。圭一くんは絶対帰って来るはずだよ、だよッ!!」 「私も、全力で真相を究明します!!」 大石が拳を握り締める。 もう一つの雛見沢で 再び金属バットが風を切る音と 血と悲鳴が 木霊しているとも知らずに―――― 『くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす』