『いいから向こうに行っていてくださいっ!!』 十和田さんの言葉に、俺は不思議な違和感をおぼえていた。確かに、黒澤が行方不明で取り乱すのは理解できなくはない。 だが、それとは違った「何か」を、俺は彼女の様子から感じ取っていた。 だって、そう……その一瞬まで、ついさっきまでの様子が「冷静すぎる」のだ。 「お茶です……どうぞ」 「え? あ、ああ。どうも」 熱心に考え込みすぎて、十和田さんが台所から戻ってきたことにも気づかなかったらしい。 緑茶の香りとともに、生ぬるい湯気が立ち上る。 目の前に置かれたお茶から目を離し、皆にお茶を配って回る十和田さんに目を向ける。 ――毒が入っていたとか―― ふと、ついさっき美雪ちゃんから聞いた言葉が頭をよぎる。 「……まさか、な」 軽く頭を振って考え直す。そんなこと、あるわけがない。 ――そういうことって、ありえるでしょう?―― ……どうしても、俺の中の疑念は消えようとしない。 十和田さんが持ってきたこのお茶には、俺たちを殺すための毒が入っているのではないか……? だとすると、さっきお茶を入れようとしたとき、十和田さんが自分が入れる事にこだわったのは、毒を混ぜるため……? 一度気になりだすと、その通りだという気がしてならない。 「……あの、さぁ……」 気づけば、俺は思わず口を開いていた。 3人が同時に俺を振り返る。 俺は覚悟を決めて、ふたたび口を開いた。 「このお茶に、毒が入ってるなんてこと……ないよな?」 「……っっ!?」 「り、龍之介さん?」 「荒川さん!? 何を言い出すんですか!!」 唐突に疑いを向けられた十和田さんに続き、美雪ちゃんと乙部も驚いた様子で俺を見返す。 「あ、荒川、さん……? どうして私が、皆さんに毒なんて……」 「そ、そうだよな。う、疑う俺がおかしいんだ。十和田さんのお茶に、毒なんて入ってるわけねぇよな……」 しつこくまとわりつく小さな疑念を吹き飛ばそうと、俺は自分の湯呑みに手をのばし、一気に傾ける。 「んっ、んっ……?」 舌先にジャリッと、砂のような感覚。 恐る恐る口の中のものを取り出してみる。それは――。 「う、うわぁあああ!!」 俺は思わず、口の中に残ったお茶を吐き出していた。 「ぅゲッ、ゲボッ、ゲホッ、ゲホッ!!」 俺が吐き出したお茶が畳に染みを作っていく。その染みの中央に、ごくごく小さな袋のような物体が転がっていた。 小さなその袋のはしからは、小さな白っぽい粉末がこぼれだしていた。 「な、何ですかそれ!!」 最初に声をあげたのは乙部だった。 美雪ちゃんがすぐさまそれを手に取り、しげしげと見つめる。 「……十和田さん? 説明してもらえるかしら?」 振り返りながら、美雪ちゃんがさめた瞳で十和田さんを振り返る。 「わ、私、知りませんそんなの……何ですかそれは!!」 十和田さんは青ざめた顔で、小さく震えながら、美雪ちゃんが手にした袋を見つめている。 「さすがにこの状況じゃ、そう簡単には信じないわよ?」 「そんな!! 私じゃないですッ!!」 十和田さんは必死に否定するが『何か』を飲み込みかけた俺としては、とても信じられたものじゃない。 「じゃ、じゃぁ、誰がやったんです? 荒川さんのお茶に……」 ……? 乙部の言葉に、ふと違和感を覚える。 俺の、お茶? 俺は乙部に向き直る。 「お、おい乙部? コイツは、お前の湯呑みには入ってなかったのか?」 美雪ちゃんがつまんでいる小さな袋を指差して、乙部にたずねる。 「え、ええ。さっき僕も反町さんも自分の湯呑みを倒しちゃって。中は確認しましたから」 ということは、十和田さんにしろ、他の誰かにしろ、コレを俺の湯呑みに入れた犯人は確実に、俺だけを狙って……? 「な、何なんだよっ!! 何で俺が!! 俺が何をしたって言うんだよッ!?」 「龍之介さん、落ち着いてください!!」 思わず十和田さんに掴みかかろうとする俺を、美雪ちゃんが抑える。 「これで落ち着いていられるかよ!! 何で俺だけが狙われるんだよっ!!」 「荒川さんっ!!」 乙部も美雪ちゃんに加わり、2人がかりで俺を止めようとする。 それでも俺は暴れ続けようとしたが、ふと耳に届いた音に、動きを止める。 ガラガラという玄関の引き戸の音。 俺たちは全員、そのままの体制でピタリと静止した。 ぺた……ぺた……ぺた……ぺた…………。 ゆっくりと、足音はこの部屋に近づいてくる。 足音は部屋の前で止まり、ゆっくりとふすまが開かれていった……。