泉の彼方へ。 「そう君、早く行きましょうよ…」 「もう少し、もう少し待ってくれ、かなた!!限定版一本か通常版二本か…これさえ決まればっ!!!」 そう君はさっきからずっとそればっかり。私も溜息ばっかり。まぁでも、こんな子供みたいなそう君を見てるのも、楽しいんだけど。 その後も散々迷っていたそう君だったけど、なぜか突然ふと真顔に戻って頭を振って…ホントに子供みたい。ついさっきまで欲しがってたものが、なぜか突然欲しくなくなったりするものよね、子供って。 「どうしたの、そう君?買わないの?」 「…ああ…まぁ、今日はね」 歯切れの悪い答えだったけどそれ以上無理に追求することもないかな、と思って、歩き出したそう君の背中を追いかける。 * 「なぁ、こなた〜」 「ん〜?」 後ろからお父さんの声がした。居間にいるし、後ろで新聞読んでたのも知ってるから特に驚きはしないけど、喋ってるとゲームに集中できない…という意味を込めて、あえて気の無い返事をしてみたりする。 「そのゲームのヒロイン、かな…こなたに似てないか?」 「ん…?そかな?」 画面に映っているヒロインは、青いポニーテールでのんびりした感じの女の子で背も低い。自分とキャラクターを重ねるって発想は無かったけど、言われてみれば似てるかも。 「ああ、そう言われるとそうだねぇ…。っていうかお父さん、今「かなた」って言いそうになって言い換えたけど何で?」 「え…い、言ったかなぁ…はは、は…」 はぁ〜〜〜〜… 溜息をつくしかないねぇ… * 綺麗な湖だった。 周りに人の気配がほとんど無くて、自然が昔から残っているんだと実感出来る空間。そう君が選んだにしては随分と綺麗過ぎる場所だと思う。今は五月下旬。季節外れとまでは言わないけれど、少し遅い桜が満開だった。 「いいだろう?ここ、穴場なんだよね。綺麗なトコだけど、山奥だから人もあんまりこないし、観光業者のリサーチも甘いから」 「そう君は、どうしてここ知ってるの…?」 「え…い、いや…その、前に、さ…かなた、言ってたじゃん?」 「?」 何の話だろう。「言ってた」なんて言われても何のことだか話が全然見えてこない。 「…その、一年中桜が見れたら綺麗だろうなぁ、って…」 「え…?」 確かに言った。今年は桜の開花が早くて、四月の始めにはもう開き始めていた。そう君と二人で見に行ったとき。 「覚えて…たんだ…?」 「まぁ、そりゃ…」 照れ隠しに頬をかく姿が可愛らしくって、また子供に見える。 * 「で、ズバリ!かなたって言いそうになった訳はなぁにかな?」 「こ、こなたぁ〜…」 いつも通り、のらりくらりとかわそうとするお父さん。だが今回はそうはさせないのだよ、んふふ♪ 「ゲーム画面見ながら言ってたよね?キャラクターだけならあたしとお母さんあんま違わないし、何を見て言ったのかなぁ?」 「…さ、桜…」 お父さんがぼそりと口にした、以外に普通な答えにちょっと拍子抜けする。 「桜…?何で?」 確かにさっきのゲーム、背景が咲き乱れる桜の花だった。 「かなたと…見に行ったんだ。少しだけ季節外れの、桜を」 * 『こんな桜が、いつでも見れたらいいのにねっ』 『そうかな…たまにしか見れないから、綺麗だと思うんだよ、きっと』 『あら、そう君にしては普通の答えね。何かまたびっくりするような事言い出すかと思ったのに』 『はは…』 「たまにしか見れないから綺麗なんじゃなかったの?」 「まぁ、一ヶ月は間隔あったし。出来ればもっと遅咲きの場所があれば、一年中の桜になったんだけど…」 「くすっ…そう君、さりげなく優しいんだね。…惚れ直したかも」 「え、えあ…えぇっ!?」 すごくオロオロするそう君。初めて見たけど、やっぱり可愛いかも。って、これじゃ保護者みたい…。 「ありがとね、そう君。この景色、私は一生忘れないわよ♪」 そう言って笑って見せた。その時の私の笑顔をそう君は後で天使みたいだって言ってくれた。本当に天使みたいだったかは分からないけど、そのとき私の心の中には間違いなく天使がいた…と思う。 * 「へぇ〜、お母さんとそんな思い出があったんだ」 「ああ。だから桜の中に立つ青い髪の女の子を見ると思い出しちゃって」 お父さんが語ったお母さんはホントに優しい人だった。だけど、話が進むと徐々にお父さんの顔が曇り始める。 「…お父さん、もういいよ」 「すまん、こなた…」 話を聞いて思った。お母さんが思ってることは、あたしとそっくりだったから―――。 ** 泉の向こう側で、彼女は笑った。 少しずつ身を引かれながらも、笑って、言った、。 「こなたと二人で、私の分まで生きて―――ね?」