悪夢はもう見ない。 明日がやってくるその時まで、安らかな眠りに浸っていられる。 傷だらけの、ズタズタの心を抱えて、それでも。 笑えるようになったから。 また――「今日」がきた。 さぁ、起きよう。        ♪ 「おきろ〜」 声が聞こえてきた。 「おーい、マコトく〜ん」 さっきより少し大きな声。 「おきてよ〜、いい加減にしないと、今日マコトくんのお弁当作ってあげないよ」 「ハヨーッス、樋浦」 俺は飛び起きた。 俺は食卓に顔を出す。兄・タカキが新聞に目を走らせている。 「おはよう、アニキ」 「おまえ、いい加減自分で起きろよ。いつもトイロちゃんに起こされて」 「私は平気ですよ、タカキ兄さん」 何だか微妙な空間だという方もいるだろう。 結論から言ってしまえば、二人暮らしだったこの家の住人が三人に増えている。 俺とアニキは、俺の同級生「樋浦トイロ」と同居しているのだった。 親父さんが逮捕されてしまったトイロは、昔の俺たち兄弟のように親戚たちに間でたらい回しにされて、施設に入れられかけた。 そこに俺とアニキが話を持って行き、トイロは俺たちと同居することを選んだ。 アニキとトイロのそれぞれの呼び方は、本人たちが決めたものだ。 アニキの「トイロちゃん」という呼び方は、アニキが最初に提案した「樋浦さん」をトイロ自信が一緒に住むのにくすぐったいとの事で却下。 その後散々言い争った挙句、アニキが折れたもの。 「タカキ兄さん」も同じだった。 俺とトイロは呼び方に悩まずとも、今までどおり呼び合っている。 変わったことと言えば、何気に人気のある樋浦トイロと同居しているせいで、周囲の目が痛いことだけだ。 兄弟で分担していた家事のほとんどをトイロがこなしてくれるので、俺とアニキはバイトに専念していた。 「マコトくん、早くしないと遅刻するよ」 「わかってるよ、樋浦」 「分かってるなら早くしろ」 トイロに変わってアニキが答える。 「へいへい」 トーストを一枚咥えて、俺は立ち上がると戸を開けた。 「「いってきます!」」 俺とトイロは声をそろえてそう言った。 ――リン。 学校への道を歩く俺たちの後ろには真っ白な少女が立っていた。        ♪ 「ねぇ、モモ」 「ん?なに、ダニエル」 黒猫・ダニエルが怪訝そうな顔で白い少女に話しかける。 「あの子の母親に頼まれた様子見の役目は終わっただろ?なのに何でまだあいつらを見てるの?」 「さぁ…何でだろうね。あたしにもよくわからない、かな」 「なんだよ、それ…」 ハァ、とダニエルが溜息を漏らす。少女は手にした巨大な鈍色の鎌に体重を預けてふわふわと浮かぶ。 「羨ましいのかもね」 モモのほんの小さな呟きを、ダニエルは聞き逃さなかった。 「羨ましいって、何が?」 「恋とか、愛とか。やっぱりそれは人間にしか許されないこと、なのかな…」 「モモ…?」        ♪ 白い死神は泣いていました。 悲しくて泣いているのではありません。 悔しくて泣いているのではありません。 死んでしまった人は、もう泣くことも出来ないから、代わりに泣いているのです。 白い死神、変わり者の「ディス」。 少女は泣いていました。 嬉しくて泣いているのではありません。 面白くて泣いているのではありません。 死神には出来ない事を成し遂げる人間が羨ましくて泣いているのです。 赤い靴の少女、鎌を持った死神。 少女は今日も運び続ける。涙を流しながら。 一つ一つの魂を。 一つ一つの思いを噛み締めて。 白い死神は、今日も運び続ける。                                                         <了>