「じゃ、聞かせていただきましょうか。あなた、何のお仕事されてるんです?」 「……ありていに言えば情報屋です。この辺りの裏業界ならいくらか知ってるつもりです」 彼はもったいぶる様子もなく、平然とそう答えた。 「なぁるほど。……ちなみに、情報料っておいくらですかねぇ?」 「内容次第ですが……まぁ、そう高くはしませんよ。刑事さんも何かあったらこちらにご連絡下さい」 「おっと、こりゃどうも」 私が手渡されたのは手書きのメモ。走り書きでどこかの電話番号が書かれていた。 「そう言えば、まだお名前も聞いてませんでしたねぇ。私、興宮署の大石です。大石蔵人。なんでしたら蔵ちゃんでもいいですよ?」 「私は……まぁ知人には『サト』って呼ばれてます。偽名みたいなもんですが、今では私もそっちの方に愛着が湧いちゃって」 その「知人」が一般人でないことは彼の口調からも明らかだった。 それと同時に、私はもう一つ気付いた事があった。 「……サトさん、アンタ、その喋り地じゃないでしょ? もっと楽にしていいんですよ?んっふっふっふ」 「ど、どうして……?」 「聞いてりゃ分かります。固くならなくても取って喰いやしません」 サトさんはしばらく迷っていたようだったが、表情を崩すと軽く咳払いをした。 「では、改めまして……俺ぁ、アンタが気に入ったぜ。用があるときは何でも言ってくれよな、蔵ちゃん」 「なっはっはっは。こりゃまた、エラく人が変わりますなぁ。アンタ随分猫かぶってたんですね」 「そりゃ言いっこなしだぜ。アンタも警察だって聞くまではおっそろしい連中かと思ったからなぁ」 しばらく二人で笑い合う。 知らない人が見たなら、私たち二人が知り合ったばかりだとはとても思えない光景だろう。 ――――――――――――――――――――――― TIPS:警察の介入 「あの男は……?」 「……っと……名前は大石蔵人。興宮署の刑事です」 「サツか……厄介な輩とくっつきおったんなぁ……」 「どうします?」 「今更どうするもこうするもないんよ。とにかく本家に連絡したったれぇな」 「はい」 頷いてから私はあらかじめ用意していた通りの手順を踏み、近くの家にある備え付けの電話から本家に連絡を入れる。 『はい、園崎本家です』 「妙塵(ミョウジン)です。茜嬢はいらっしゃいますか?」 『少々お待ち下さい』 電話の向こうでガサガサと受話器が擦れる音が聞こえ、すぐに静かになる。 『……動いたか?』 電話の向こうから幼いながらも威厳に満ちた声が聞こえてきた。 「いえ……ただ、Sに刑事が接触しました」 『警察か……感付かれたか?』 「そうではないと思われます。街で不良に絡まれているところを通りかかった刑事と打ち解けただけのようです」 『そうか。武願(ブガン)はいるか?』 「武願は私の連絡中、尾行を続けておりますのでここには……」 『武願には一旦本家に戻るよう伝えなさい。尾行はお前が続けろ』 「わかりました。では、失礼致します」 電話を切ってから、私は来た道を引き返した。 「武願!」 さして時間もかからず、私はすぐに武願に追いついた。 「……おぉ、反応はどうじゃったけぇ?」 「正直わかりませんね。私は刑事の件をお伝えしただけです」 「そんだけで電話終わったんか? 本家が何も言ってきぃひんっちゅーんは驚きやな」 「そうでもないみたいです。武願、茜嬢が本家に来るようにと仰っていましたよ」 「本家に? そりゃホンマかいな。だとしたらやっぱ今回の事、無視はできひんこっちゃな」 武願はそのガタイをよっこらせと持ち上げると、後は任せるきぃ、と言い残して歩き去って行った。 ――――――――――――――――――――――― TIPS:園崎本家への訪問 「……で、サツの輩はどんなじゃいな?」 園崎家頭首、園崎お魎がそう言って、疲労が色濃く浮き出た顔をゆがめる。 「名前は大石っちゅーヤツで、経歴は10年近くずっと興宮署におりますんね」 俺は妙塵に渡された「大石蔵人」関連の書類から、要点を抜粋して読み上げる。 「柔道の経験有り。過去何件か解決した事件があり、その殆どは勘から糸口を見つけ出しとります」 「……そらエラい迷惑なことよのぉ。普段なら証拠を残さんようにしたったらええが、今回ばかりは勘が怖いのぉ……」 怖いと言いながらもお魎は声を殺してクツクツと笑う。 「いかがしますん? あんまり遅うなって、刑事に喋られでもしたら、それこそ終わりですんよ?」 「なぁんね、すったら事お前が気にする事じゃねぇんよ。……茜」 「はい」 まだ歳若く、俺らからしてみれば子ども同然の声がお魎の隣で返事をする。 「サツの件はお前に任したる。適当に遊んだれぇな」 「わかりました」 抑揚のない冷たい声が返って来たが、お魎はその返事に満足したらしい。 笑みの形に口をひん曲げてからもう一度真顔に戻り、俺の方へ目を向ける。 「聞いた通りじゃきぃ、茜にまかすんよぉ? お前と妙塵は今まで通りに動くん」 ただし、とお魎は付け加える。 「この刑事には十分気ぃつけぇな。今後も接触するようやったら、容赦せんと始末しちゃれな……」 その言葉を最後に、俺と茜嬢は廊下に追いやられた。 「茜嬢、今回の件、どうなさいますん?」 「どうするもこうするもない。私は仕事をこなすだけ」 「そうですかぃ。ほんだら、例の刑事がまた接触したら連絡しますん」 「その必要はない。私もお前たちに同行する」 威厳は十分一人前だ。これで俺より年下ってのが信じられないくらいだ。 「んじゃ、妙塵んとこまでご案内しますんね」 そう言うと同時に、俺は思い本家の門を押し開け、雛見沢の穏やかな風景に踏み出した。 ――――――――――――――――――――――― TIPS:園崎家の跡継ぎ騒動 鬼ヶ淵の黒い因習を辿ってゆくと、どうしてもぶつかってしまう壁がある。 それが園崎家の存在である。 私が直接知っている本家頭首は現頭首お魎のみ。 跡継ぎは娘の茜ではなく孫の魅音となっている。 これについては、園崎お魎・茜両者がチャンバラ騒ぎを起こしたとの噂などから、勘当騒ぎが原因で娘の代を飛ばしただけであろう。 以下の内容は余談ではあるが、園崎家頭首についての情報は持っていて損はないだろう。 古い文献で村の歴史を調べると、園崎家の各頭首の名前には「鬼」の字が加えられていることが見て取れる。 私の知る頭首跡継ぎの「魅音」という名は、私の知りうる範囲では産まれてすぐ付けられた名前であると思われる。 双子の詩音にすぐさま「寺」の一時を加え、魅音に「鬼」を与える事で姉妹を分けて育ててきた。 鬼の名は生まれてすぐに付けられるものかと思ったが、では園崎茜という名前はどうなのであろうか。 「茜」の名には鬼の字は含まれていない。 しかし、彼女が産まれた当時は、彼女は頭首跡継ぎとなる身であり、本来名前に鬼が含まれてしかるべき人物である。 この事を調べていくと、園崎家の古い風習に目を通すこととなった。 その内容によると、跡継ぎの名に鬼を加えるのは、正式にその者が鬼を継ぐものとなってからとされている。 つまり、初めに与えられた茜という名は仮の名であって、お魎が彼女が後を継ぐことを認めた時初めて鬼の名を冠されるはずだったのだ。 そのため、跡継ぎを認められなかった茜の名には鬼がないのだった。 魅音と詩音の例は特例中の特例であったようだ。 本来園崎の双子は片割れが誕生と同時に絞め殺されるはずである。 しかし、双子を二人とも生かすために、やむなく予め鬼の名を冠する必要があったと推測する。                                       ―――昭和60年 34号文書より抜粋―――