サトさんと話した日から数日が経っていた。 私はあの後に署で伝えられた、銃火器類の取引を調査していた。 この興宮は平和な片田舎のようで、その実、不良や暴力団がいくつか存在する。その内のどこかだと想定しているのだが……。 「ん……これ以上は、ここでは分かりません、か」 それ以上のことはなかなか掴めない。 どの組が関わっているかがハッキリしないため、無闇に事情を聞いて回るわけにいかないのがなんとも歯がゆい。 「ん〜……ん? 何だ?」 いつもの手帳を探してポケットに手を入れると、入れた覚えのない紙の感触があった。 取り出してみるとそれはメモ用紙。 ……ああ、サトさんにもらった電話番号のメモだ。 「ま、駄目でもともと、か……」 そう呟いた私は急ぎ署に向かった。 署に戻った私は、すぐさまメモの番号に連絡した。 『ハイ、もしもし。こちらサトウ広告代理店……』 「その声、サトさんですね? 興宮署の大石と申します」 『おぉ、蔵ちゃんか。随分といきなりの連絡だな。何か用かい?』 「広告代理店なんかやってらっしゃるんですか? こりゃ意外だなぁ」 『嘘っぱちに決まってるじゃねぇか。ったくよぉ……』 相変わらずの乱暴な口調でサトさんはそう言った。 「あっはっは。いやいやすいませんね」 『用事なら、電話でする事もねぇだろ。今なら暇だから話くらい出来るぜ』 「それじゃ、今からお会い願えますかねぇ」 サトさんは意外にもあっさりとこちらの呼びかけに応じ、前回と同じように雀荘で話をする事にした。 「んで? 俺に何の用だ」 「いえ、大した用じゃないんですが……」 「何でもいいって。いいから話してみなよ。少しくらいなら力ぁ貸すぜ」 「それじゃ本題です。私ぁ今、銃火器類の密売を探ってるんですがね。それらしい団体の情報がないんです」 「ほぉ。ま確かに、その手の話じゃどこと繋がってっかもわかんねぇ連中に聞ける話じゃぁねぇな」 いきなりストレートに私の考えを言い当てる。捜査が難航している理由などお見通しらしい。若くてもこの業界にいるだけの事はある。 「そんな訳でしてね。何か心当たりがあればお聞かせ願えればと」 「なぁるほどなぁ……知ってるっちゃ知ってるが……まぁ確証のない情報だし、ホントに心当たり程度だからな。今回はタダでいいか」 そう言って聞かされた話は、まさしく心当たり程度の情報で、現行犯以外では決して逮捕できないレベルの情報だった。 「葛西組ぃ?」 思いっきり聞き返してしまった。 「あぁ、葛西組だ」 葛西辰由が率いる暴力団。通称『葛西組』。 「俺も最近知った話だがな。葛西辰由と園崎本家の跡継ぎが知り合いで、最近じゃ葛西組は園崎本家の意向で動いてるってウワサだ」 「葛西……辰由がねぇ。そりゃ盲点だったなぁ。確かに雛見沢の主の意向なら銃の密売くらいやってのけるだろうし」 「まぁ何の根拠もねぇ話だがよ、この近辺で足のつきにくい組って言えば、園崎本家と繋がってるあの組しか浮かばねぇ」 「参考になりましたよ。ありがとうございます」 「気にすんな。お門違いの可能性だって高ぇんだから」 話が終わり、二人で雀荘を出た直後、見覚えのある顔がふらふらと通り過ぎた。 金髪のパンチパーマ。改造学生服を着てガニ股で歩く少年。 サトさんと顔を見合わせ、ニヤリと笑い合う。 「ちょっと、よろしいですかな?」 「アァ!? ……って、ウゲェ!! んだァ!! 俺に何の用だ!?」 私が声を掛けた少年。それは見紛いようもなく、北条鉄平だった。 「なぁに、ちょっとお聞きしたい事があるだけですよ」 明らかに狼狽している北条少年。だが、この興宮で不良としてやっている以上、その上には必ずどこかのグループがついている。 「あなた、『センパイ』はドコの人です? なぁに、ちょいと調べ物してるだけです。あなたから聞いたなんて言いませんよ」 鉄平はなぜか驚いた様子で目を見開いた。そして小さく何事か呟くと、向き直って答えた。 「か……葛西、組」 「そうですか。そりゃ丁度いい。じゃ、何か聞いてませんか? ちょぉ〜っとアブない取引の話とか聞いてません?」 鉄平の口が小さく「やっぱりか」と動いた気がした。 「わぁった、わぁった。話したるわ。……取引の話やろ? 明日や明日。興宮の倉庫郡とこで次の取引がある」 「そりゃホントですか?」 「たりまえじゃボォケッ!! ほれ、もうええじゃろ!? その手ぇ離しやがれ!!」 そう言うと、鉄平は私の腕を振りほどいて走り去った。 翌日、私とサトさんは鉄平から聞きだした倉庫郡に向かった。 そしてそこで、鉄平の言っていた通り葛西組と胡散臭い密売人の取引現場を抑える事ができた。 「なぁ〜んか、いやに思い通りだな」 「そうだなぁ。俺もまさか葛西組の者からこんな取引の話が聞けるたァ、思わなかったぜ……」 やけにあっさりとケリがついた今回の件。 「サトさん、な〜んか、茶番の臭いがしませんか?」 「……だよなぁ、蔵ちゃん」 そんな私たちの様子を、倉庫の物陰から監視する目があることに、私達は気付いていなかった。 「やぁっぱり、あの刑事、また接触してきたんなぁ……」 俺がそう呟くと、妙塵が隣で冷静に頷く。 「ですね。このままいくと、頭首様の言ったとおり、面倒な事になりますよ」 「っかしなぁ……今回の件で連中の繋がりは見えてきたんけど、やすやすと手を出せる雰囲気じゃないのぉ」 「ですね。始末するにしても警察相手じゃそうそう誤魔化しはききませんし」 「かぁ〜っ!! 面倒なこったんなぁ」 俺が頭を掻き毟ってぼやくと、妙塵とは反対の側から噛み殺したような笑い声が聞こえてきた。 「ぁんですかいな、茜嬢」 「……男が揃ってなぁにをビビってんだかねぇ」 「そう言いますんがねぇ……まぁ刑事の件は茜嬢に任されとりますんね。俺らが口出す事じゃないんけどなぁ」 「分かっているじゃないか。それじゃぁ黙って見ておきな」 「へいへい。了解」 俺と妙塵は仕方なしに茜嬢の言葉に頷いて、刑事どもに目を戻した。 TIPS:鉄平への指示 「北条」 『会合』を終え、鉄平がそう呼ばれて振り返ると、そこには、ありえない人物が立っていた。 「か、葛西さん!!」 ついさっきまで、会合を取り仕切っていた強面の組頭、葛西辰由がそこにいた。 「北条、お前に用がある。ちょっと来い」 「へ、へぃ!!」 情けない返事をして、鉄平は葛西の後をついていく。 会合の場所からそう遠くない場所で葛西は立ち止まり、それにならって鉄平も足を止めた。 「お前確か、大石という刑事を知っていたな?」 「へ、へい。会った事ぁありやす」 いつもの様子はドコへやら、ここでは下っ端にすら及ばない鉄平はヘコヘコと頭を下げる。 「もしかしたら、お前か、そこらの連中に大石が接触するかもしれん」 「はぁ……?」 その突然の言葉の意図が全くわからない鉄平は間抜けな声をあげる。 「もし接触してくるような事があったら「明日、興宮倉庫郡で二度目の取引がある」と伝えろ。その日のうちに、連絡しろ」 「へい。……しかし、何でまた?」 「園崎の考えた事だが……取引に行かせたウチの下っ端が捕まるかを見極める」 その理由をこそ、鉄平は聞き出したかったのだが、同じ質問をこれ以上繰り返しても葛西を不機嫌にするだけだと悟ったらしい。 「りょ、了解しやした」 「茜さん、鉄平に指示しましたが、あれで良かったんですか?」 「ああ、助かったよ葛西」 「いえ……」 「これで本家の方の用事は済んだねぇ……さて、私ぁ次の用事に行って来るよ」 「え? お魎さんのお仕事以外にも、まだ何か?」 「なぁに、これは私用さね。アンタが気にするこたぁないよ」 そう言って茜はくっくっと笑った。