蔵兆し編 ■昔話 「んーーーっ…」 「大石さん、お疲れっす」 休憩室で伸びをしていた私の前に、コトリと音を立てて、コーヒーの入った紙コップが置かれる。 「あぁ、熊ちゃん。ありがとうございます…んっふっふ」 私はずずず、と音を立ててコーヒーを飲み干す。 「昔は…この苦味が嫌いでねぇ…」 「そりゃ、若い人にはそんな人もいますけど…」 「あ〜いえいぇ。若いって言っても、三十代の頃ですけどね」 「え、三十代になってもコーヒーだめだったんですか?」 熊ちゃんに聞き返されて、私はのんびりと肯定の言葉を投げる。 「…って、大石さんの三十代って、喧嘩柔道で武勇伝が大量にある時期じゃないですか!?」 「まぁ、署の皆さんはそんなこと言ってるらしいですねぇ……んっふっふっふ」 武勇伝、というよりはただ単純だっただけだと自分では思う。大捕り物から地道な情報収集まで、当時は何でもやったもんだ。 「懐かしいですねぇ…いやぁ、歳はとりたくないもんです。熊ちゃんも、若い時代を楽しんどいた方がいいですよ?なっはっはっは」 そう言いながら、若い人を見るのが楽しい歳になったんだなぁと一人ごちる。 「大石さん、その頃の思い出話とかないんですか?」 「ん〜そうだなぁ……それじゃ、ほんのちょっぴりだけ、可愛い後輩に教えちゃいましょうかねぇ。んっふっふっふ」 たまには昔話もいいだろう。 そう思い、記憶を辿っていく事にする。 「あれはそう…、丁度この時期、ひぐらしのなく頃でしたなぁ…」