■6月17日(土) 陽光が眩しい。 目を開ける前から、その明るい光に飽き飽きとした気分になる。 たまの日差しなら喜びもするだろうが、こうも「毎年」では、ウンザリだ。 だが、明るい陽の光をあびて目が覚めると、そう簡単に二度寝はできないものだ。それに、今私がここにいるのは日向ぼっこをするためじゃないのだから、昼寝なんてしていられない。 だから私は目を開けることにした。 「く……わあぁあぁぁぁぁぁ…………………」 意識はハッキリしていても、まどろみから覚めたばかり。自然と大あくびが出ていた。どうやらこのくらいの頃の私はよく寝る子供だったらしい。 眩しい光の中でゆっくりと目を開けると、見知った顔があった。 「……みぃ」 正直驚いた。彼を逃がすまいとここに張り込んで、そのまま眠ってしまったのに目の前に彼が立っている。 その動揺を隠すために、前回彼とした会話を懸命に思い出して口にした。 「………みー」 数秒の後、彼も同じように返してくる。 「……みぃ?」 「……み、……みー…」 その時の彼の、困ったような、それでいて楽しそうな初々しい反応が可笑しくてついつい遊んでしまう。 「……みぃ」 「………み、……………みー………」 「……………………」 「………………………………」 遊びの続きのつもりで、今度は黙って見つめてみる。彼はその沈黙に焦った様子で、しかし何を言っていいのかわからないというように閉口する。 「あ、…………怪しいものじゃないんだ…。……私は…………、」 ようやく意味のある言葉を彼が口にしたので、遊びはここまでという事にしよう。 「……にぱ〜〜☆」 「に、……にぱ……??」 と思ったがやっぱり面白いのでもう少しふざける。 「にぱ〜〜〜☆」 「に、…………にぱぁぁ……☆」 「……にぱ〜〜☆」 「に、…にぱ〜〜〜♪」 律儀にこちらに応えてくるのが若い彼らしい。そう思うと同時に、少しだけ自虐的な感情が生まれてくるのも事実なのだけど。 彼の名は赤坂衛。 たしか、今はまだ警視庁公安部に勤める新米だったはずだ。 だが、これ以後雛見沢に彼のような人物がやって来る事がないのだから、私が声を掛けられるのは彼だけだった。 「どうもごんにちは〜!遅れて申し訳ないこってす!今朝、お電話をくださった観光の方ですかねぇ?」 「え、……あ、…はい!」 遊んでいるうちに牧野がやってきた。 「お待たせして申し訳ないぃ。野良でちょいと遅れましてねぇ!すったらんと、お乗り下さいな。天気もまんた崩れそうだから、ちゃきちゃきご案内しますよ」 「…え、…天気、ですか」 「ここいらは崩れると早いんよ〜。今日も夕立になるんかもなぁ。そうなったら、あんた写真撮るどころじゃなくなるでしょ。ほら、乗って乗って」 どうすべきか考えながらじっと赤坂の背中を眺める。だが黙っていたらこのまま置いていかれそうだ。 「……みぃ」 反応を見るつもりで一声鳴いてみる。 「あんれ、……梨花ちゃまでねぇですか!!ありがたや…ありがたや〜…」 「……にぱ〜〜☆」 牧野の方が先に反応した。どうしようか迷ったが、この場合は牧野に頼った方がいいかもしれないと思い、いつものように笑って見せる。 いつも通り牧野は数珠を揉みながら「ありがたや…」と繰り返す。 正直なところ、村の老人たちのこの反応にはウンザリだ。だけど、そんな事を顔に出すわけにはいかない。 できるだけ普段通りを装って牧野に話しかける。 「……牧野はこれからお仕事なのですか?」 「お仕事ってわけでもねぇですよ。村長に、村を観光したい若者が来るから、いろいろ案内してやれって頼まれましてねぇ」 「……村を観光したい若者なのです」 それが嘘だとわかっているとついつい笑いがこぼれてしまう。誤魔化すつもりで赤坂の腕をつかむ。 「ま、……まぁね。この村の自然がとても貴重だと聞いたんで、…ぜひ、カメラに収めたいと思ったんだよ。…私はこう見えてもとっても写真撮影が好きでね…」 嘘も演技もなんとも薄っぺら…とは思うものの、そのどこか頼りない物言いが私の知る唯一のカメラマンの面影に重なる。 「……富竹2号なのです」 「え?とみたけ??え??」 「……牧野。ボクも一緒に行ってはいけませんですか?」 途端に牧野の顔は焦りの表情へと様変わりする。 「そ、そんな、梨花ちゃまが来ても、面白いことなんか何もないですよ!梨花ちゃまは境内で鞠遊びでもしてて下せぇな!」 「…………みー」 思い切り不服を顔に出して見せると、牧野はあからさまに狼狽する。信心深い村のお年寄りにとって私の不満は辛いものだ。 私はそれを分かった上でそ知らぬ様子に見えるよう演技する。 「もしお差し支えなければ……、この子も連れて行ってあげて下さい」 赤坂が助け舟を出してくれる。 とりあえずついて行けそうな空気になった様子。安心と最後の一押しのつもりで赤坂にしがみ付く。 赤坂が妙に幸せそうな顔で笑っていたが、それに対しては言及しない事にした。 「すったかなんとー…。梨花ちゃまは、駄目だって言っても聞かんしなぁ。……すったらんと、お乗り下さい。ささ、梨花ちゃまも」 牧野もようやく折れたので、私は赤坂よりも先に車に飛び乗る。 この身体だと、車に乗るだけでも不思議な感じがする。それが楽しくて私は年甲斐もなく座席のスプリングで遊んでしまった。 一瞬失敗したかと思ったが、かえって子供らしく見えたようで良かった。 「こんれ、梨花ちゃま!それじゃあ、お客人が座れねぇですよ!!こら、梨花ちゃま…!!」 「ふかふかでバインバインで、にぱ〜〜〜☆」 「に、……にぱ〜〜…☆」 頼んでもいないのにしっかり反応を返してくれる赤坂はつくづく人が良いんだなぁと思いながら遊び続ける。 「そんれではお客さん、風景の綺麗そうなところに適当にご案内しますよ。お昼は食べましたかぃね?」 「えぇ。ホテルで軽食を」 「そんですか。では参りましょうかね」 そう言っていそいそと牧野も運転席に乗り込む。 「……雛見沢観光に出発なのですよ。わ〜いなのです」 「えっと、……君は、…梨花ちゃんでいいのかい?」 「……そうなのですよ。古手梨花と言いますです。……もう繰り上がりの足し算とかも出来ますですよ?」 適当に最近学校で習った(と言っても当然私には聞き飽きた内容だったが)事を口にしてみる。 「あ、あぁそうなの?それは…すごいな。ははは」 「…お指とかは折ってませんですよ?ちゃんと暗算で出来ますですよ?」 そこまで話したところで牧野が車のエンジンをかけた。 「じゃあ出発しましょうかいね!!雛見沢大自然ウォッチング!」 牧野は勢いよくアクセルを吹かした。 牧野の運転する車の中で、赤坂の隣に座りながら私は考えていた。 どうすれば、赤坂が私を救ってくれるのか、と―――。