放課後。 ハルヒは朝比奈さんと長門を従えて颯爽と歩き去った。 「……あいつ、今度は何をやらかすつもりだ?」 「さぁて。僕には分かりかねますね」 古泉も相変わらずだ。 「はぁ……」 そして俺も相変わらずだ。 何がかといえば溜息の数に決まっている。 ハルヒが何をするつもりで飛び出していったのかはさっぱりだが、今は好都合だ。 古泉と俺には例の懸案事項があるからだ。 とはいえ、考える時間があるのはいいが、考える材料はまるで無い。 人は何もないと考える材料を求め始める習性がある……のかは分からないが、俺は暇つぶしがてら部室のPCの電源を入れた。 見慣れたOSが表示され、パソコンが立ち上がる。 ネットでもしようかと考えながらファイルやアプリケーションを適当に覗いていく。 「……ん?」 見覚えの無いフォルダを見つけて、俺の手は止まった。 フォルダ名は「YUKI」。 「……『有希』、か?」 他に思い当たる節が無い。 長門のものだとすると少し悪いような気もしたが、特にパスワードがかかっているわけでもない。 ……すまん、長門。 長門に心の中で謝りつつ、俺はフォルダをクリックした。 中にはテキストが一つだけ。 ファイル名は「無題」だった。 そういえば、いつだったか文芸部的活動と称して会誌を作ったときの長門の小説(?)のタイトルも無題だったな。 続編か何かかと思いつつ、ファイルを開く。 「……おぉ」 思わず感嘆の声を漏らしてしまった。 内容を読む前にまず右側のバーの長さに驚く。 それはもう、ちょっとした中篇小説くらいの長さがあった。 というか、それは本当に小説だった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「……よぉ、何してんだ?」 「!!」 突然声をかけられて、わたしは振り返る。 「……あ……」 見覚えのある男の子。隣のクラスだったはずだ。 「……かしてみろよ、それ」 「え?」 彼は私の抱えている本を指差した。 「で、でも……それは……あの」 「いいから。それ、借りたいんだろ? カード作ってやるよ」 彼はそう言うと、わたしに背を向け、カウンターに向かって歩き出す。 わたしは急いで彼の背中を追いかけた。 それが、わたしと彼の出会いだった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 何というか。 どこかで聞いたことのあるような話だ。 だけど、これは長門の小説じゃない。 「あの」長門が書くなら、わざわざこんなテーマで書かない。SFでも持ってくればいい。 だけど、俺はコレを書いた人物に心当たりがあった。 こんな恋愛小説を。 こういうどこかたどたどしい文章で書く人物。 エンターキーを押した瞬間消えてしまった、あの世界のもう一人の長門有希。 彼女なら、こんな話が書けるだろう。 「ふむ……」 最後まで読むのに、そう時間はかからなかった。 それは面白かったからなのか、あるいは長門有希という少女について考えながら読んだせいなのか。 話自体は普通の恋愛小説だった。 主人公の少女が、図書館での出会いからその男の子と仲良くなり、ほのかな恋心を抱いていく。 それなら何ということもないが、さすがにこれを読んでそれだけとは言えない。 「これは……」 主人公の女の子は間違いなく長門だ。 そして、彼女が恋した男の子は……俺ではなかろうか。 だからどうということはない。 ない……はずなのだが。 長門は長門なのだ。 俺は長門有希を二人知っている。 だけどその二人は本当に違う二人じゃない。 二人でありながら、どちらも同じ。 だから。 「コレを書いたのも、長門、なのか……?」 読み終えた俺は、古泉に声をかけた。 「なぁ、古泉」 「はい? なんでしょうか」 「ハルヒの悩みの種は、コレかもしれないぞ」 俺がそう言うと、古泉は少しだけ真面目な顔になり、俺の隣から画面を覗き込む。 「これは?」 「多分、長門の小説だ」 俺がそう言うと、古泉はそれ以上何も言わず、静かに長門の小説を読み始めた。 こいつに読ませるのはなんとなく嫌だったが、読ませなくては話のしようもない。 古泉は十数分で全体に目を通したようだった……早い。 「ふむ……これは、長門さんが書いたものなんですか?」 「確証は無い。だけど他に考えられないだろう?」 「ええ、そうですね」 あっさり肯定するのか。 「確かに、これを涼宮さんが読んだなら不機嫌になるかもしれませんね」 「……? そうなのか? 俺は単にハルヒが恋愛に興味を持っているかも、と思っただけなんだが」 「…………まぁ分からないのなら構いませんが」 よくわからないことを言いながら、古泉は再び興味深そうに長門の小説を読み始める。 ハルヒが不機嫌になる理由としてはいまいち物足りないが、古泉が言うからにはコレが原因なのかもしれない。 古泉の相手をしつつ、俺の頭は実はまったく別の事を考えていた。 言わずもがな、長門のことだ。 この小説を読んでから、長門のことが気になって仕方が無い。 だって、あの長門が。 俺を……何なんだろう。 何だかはさっぱりなんだが、小説でとはいえ、恋人役に俺を選んでくれたのだ。 それは、なんというか、すごく嬉しい。 そう、嬉しいと感じる俺がいる。 これがどんな感情なのかなんとも言葉にはしずらいが、決して不愉快な感情でないことは確かだった。 「……長門」 ……エラーだ。 それも二重のエラーだった。 いつものわたしなら、少しのエラーくらい自分で修正可能だった。 だけどこのエラーはそれが出来ない。 エラーに重なるもう一つのエラーは、『エラーを消せないエラー』。 このエラーは任務に支障をきたす。 だから消さなくてはならない。 なのに。 インターフェースとしてのわたしに逆らう「長門有希」がいる。 エラーが積み重なっていくのが分かっているのに、一つとして消去できない。 エラー、エラー、エラー、エラー、エラー、エラー、エラー、エラー、エラー、エラー、エラー、エラー――――――――。 ――――――ワタシハナニヲノゾンデイルノ?――――――