「ピクニックに行くわよ!」 いつもどおり扉を蹴り破って部室に登場したハルヒは、いきなり幼稚園児のようなことを言い出した。ハルヒが部屋に入ってくると、蝶番がキィ…と痛々しい音を発した。ハルヒに目を付けられてお互い不幸だな。アーメン。 「ちょっと、キョン!あたしを無視して何を見てるのよ!」 お前はまだ「ピクニックに行く」しか言っていないし、お前の叫びが俺に向けられていたという証拠はどこにも無い。などと言いたいことはいくらでもあったが、言ってもどうせ「屁理屈」の一言で片付けられちまうし、もしそんなことを言えば何をされるかわかったもんじゃない。俺と同じくハルヒに痛めつけられた蝶番に別れを告げ、いかにも渋々といった表情でハルヒに向き直る。 「団長が前に来たら規律して、気を付け。ちゃんと話を聞きなさい!」 お前は俺に放課後の時間をずっと立ったまま過ごさせるつもりか。お前は俺から見ればいつも前に座っているじゃないか! 「まぁ、今はそれはいいわ」 どうやら助かったらしい。ハルヒはホワイトボードに手をかけるとそこになにやらごちゃごちゃと書き始めた。少し離れて見ていた限りではその内容は次のように見えた。 SOS団ピクニック計画 団員準備品 ・古泉くん…トランプ ・有希…パラソル ・みくるちゃん…お弁当 ・キョン…ビニールシート、お菓子、カメラ、その他… ハルヒ、いろいろ言いたいことはあるが一ついいか?なんで古泉はトランプ一つで俺は「ビニールシート、お菓子、カメラ、その他…」を持ってこなくてはならないんだ。 「古泉くんは遠足の場所を提供してくれたからいいのよ。あんたは何もしてないんだからこれでギブアンドテイクでしょ?」 言葉の使い方を間違っている。それを言うのは古泉のはずだ。というか、古泉が遠足の場所を確保するより俺が妹からお菓子を奪取する方が数倍大変なんだぞ?お前は知らんだろうが。ていうか古泉。さっきからこっちを見て微笑んでいるのは何だ気色悪い。そんなにトランプを持っていけるのが嬉しいか? 「とにかく、あんたはつべこべ言わずにここに書いてあるものを持ってくればいいのよ。団員は団長の命令にはしっっかり聞かなきゃダメなのよ!」 俺はお前の奴隷になるつもりは無い。つーか、なんでいきなりピクニックなんだよ。 「それはあんたには関係ないことよ」 あっそ。大して興味も無いから別にいいけどな。 「古泉くんが場所を提供って、どこに行くんですかぁ?」 朝比奈さんがハルヒに声をかける。こころなしか震えているような気がするが。 「僕の知り合いに、広い公園の管理をしている方がおりましてね。話をしたら快く使用許可を出してくださったのですよ」 古泉が微笑みながら朝比奈さんに説明する。ハルヒはこれで話す必要が無くなった、という風に団員たちに振り返った。 「というわけで、直ちにSOS団ピクニック計画を開始します!」 五人で坂を下りながら、俺は古泉に話しかけていた。 「今回の心理分析は?」 「さぁ?僕には神の心の内は分かりかねますがね」 誤魔化すな。 「ははっ、ばれてましたか。…僕の予想では、これは涼宮さんが団員の苦労をねぎらうために用意した会です。特に、この間の映画撮影の疲れをね」 柔らかく微笑むな、気味が悪い。古泉はフフッと笑うと顔を正面に戻した。 「いいじゃありませんか。たまにはピクニック、なんてのも」 「ピクニックに行くのはいいんだが、俺とお前の準備の苦労の違いにむかっ腹が立つ」 古泉は軽く「ははっ」と笑った。相変わらずの笑顔だ。 「何だ気色悪い」 「失礼。しかし、僕からすれば羨ましい限りですよ。涼宮さんがピクニックに必要だと考えるものを持ってくるようあなたに命じたのは、あなたを信頼している証です」 「そういえばお前はハルヒのことを魅力的な人、とか言ってたな」 「確かに言いました。あんな楽しい人はそうは居ませんからね」 「あいつに散々こき使われてみろ、お前だって嫌になるさ」 「その割には、あなたも楽しんでいるように見えますが?」 俺が答えに困って、誤魔化しの言葉を口にしようと口を開いた時、ハルヒが振り返った。 「こらー、キョン!古泉君!おいてくわよ!」 ハルヒに満面の笑みで一喝され、その声に朝比奈さんと長門も振り返る。古泉もニコニコしながら俺を見ていた。 「あなたも楽しんでいるように見えますが?」 古泉が先ほどの言葉を繰り返す。今度は俺は誤魔化そうとはしなかった。する意味なんて無いって分かったから、俺は言ってやった。ただし、古泉にしか聞こえないように。 「当たり前だろ」 そう言って、俺はハルヒたち女性陣の方へ走り出した。 苦笑交じりの古泉がついてきて、 朝比奈さんが微笑んで、 長門は意味不明なうなずきを残して目を逸らし、 ハルヒがついて来なさい、と走り出す。 そんな騒がしいSOS団の日常が、俺は大好きだから。