『リゼィエの手記』 私、リゼィエは、ドイツの片田舎に生まれ育った。 本当にただの田舎で、ここには何もないけれど、それなりに裕福な家だったようだ。 でもそんな事、この環境を常として育った私にはわかりようもない。 父さん、母さん、私の三人家族は、近所でも評判の「良い家庭」で、いつだって笑いが絶えなかった。 だけど、時代はそんな私たちを許してはくれなかった。 大恐慌――――経済の破綻。 ドイツの国内に混乱が広がり、経済は崩壊する。 経済的な崩壊は、やがて文化的な欠損となり、文化的欠損は人心の豊かさを歪めてしまった。 そんな背景の中、ドイツではアドルフ・ヒトラー率いるナチスの力が大きく、広く浸透していった。 国会すらも独占するだけの地位を得た彼らは、ユダヤ人への虐待、果ては虐殺まで、次々に進行していった。 そんなある日のことだった。 朝、食卓に姿を現した私に、父さんが沈痛な面持ちで話しかけてきた。 「……リゼィエ、例の……ナチスの軍勢が、こちらに進路を向けたらしい」 「ナチス……うん、わかった。だけど私は何も……」 「ああ、わかっている。わたしにも、母さんにも、何も出来ん……」 しかし、と父さんは続けた。 「わたしの知り合いがな、ウチの家財の半分を支払えば、お前を匿ってくれると言ってくれているんだ」 「家財の、半分……ダメだよ、父さん。そうまでして私を匿っても、意味がないよ」 「……そう言ってくれるな、リゼィエ。父さんたちの……最後の願いだ」 結局、頷くしかなかった。母さんは最後まで黙っていたけど、私が席を立ったとき、涙を流していた気がした。 ――――‐‐―――― コンコン!! 「……ん?」 ノックの音に、私は手元のノートを閉じ、顔を上げる。 「……どうぞ」 私がそう声を掛けると、ガラガラと戸を開けて、病室に五人の男女が入ってきた。 「調子はどぉ?霧ちゃん」 何の前触れもなくそう声を掛けてきた彼女に、私は笑顔で応じる。 「変わりありませんよ、美坂先輩」 先陣を切ってやってきたのは美坂紫先輩。学校の、文芸部の先輩で二年生。 「どうだい、霧ちゃん」 「大丈夫?」 「やっほー」 「こんにちは」 美坂先輩に続いて恒例の挨拶が続く。 二年の美坂先輩、高部先輩、栄崎先輩。それから三年の佐久間先輩に榛原先輩。 五人とも文芸部の先輩だ。一年生は私だけだし、もともと少なかった部員はこれで全員だった。 「今日はどうでした?何かありましたか?」 「ん〜まぁ学校の様子はいつも通りかな、うん」 そんな他愛のない会話をしながら、いつものように時間は過ぎていく。 病院で過ごすこの時間は、文芸部の皆がいなかったらどうなっていただろうか。……きっと、すごく退屈になりそうだ。 でも……そんな世界があったなら、それはそれでいいのかもしれない。 だって、彼らに会わなければ、こんなにも辛い気持ちにもならないだろうから…………。